大阪地方裁判所堺支部 平成3年(ワ)626号 判決 1993年12月22日
原告
長本こと
黄博
同
長本こと
姜静子
右原告ら訴訟代理人弁護士
曽我乙彦
同
中澤洋央兒
同
安元義博
被告
堺市
右代表者市長
幡谷豪男
右訴訟代理人弁護士
俵正市
同
重宗次郎
同
苅野年彦
同
坂口行洋
同
寺内則雄
同
小川洋一
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、それぞれ二六四六万〇五六四円及びこれに対する平成二年二月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(一) 原告らの長女長本こと黄雅代(昭和五二年一一月八日生、以下「亡雅代」という。)は、昭和五九年四月大阪府堺市立赤坂台小学校(以下「本件小学校」という。)に入学し、平成二年二月当時、六年二組に在籍していた。
(二) 同月七日第四時限目の授業時間に、亡雅代を含めた六年生全員が、翌日予定されていたマラソン大会のため、六年二組の担任教諭平木喜代枝(以下「平木教諭」という。)らの指導の下、校庭(一周二〇〇メートル)を二周した後、学校の周囲を走る合同練習(全長約二〇五〇メートル)をしていたところ、亡雅代は、同日午後〇時一五分ころ、ゴールの手前約八〇メートルの地点で突然倒れ、同日午後二時一六分ころ同市三木閉八五番五所在の泉北陣内病院において、心室性期外収縮に起因する急性心不全のため死亡した(以下「本件事故」という。)。
2 亡雅代の疾患
亡雅代は、本件小学校三年生の時、定期健康診断において心臓に不整脈のあることが発見され、精密検査を受けた結果、心臓収縮のリズムが瞬間的に狂いときどき脈が乱れる心室性期外収縮の疾患を有する旨診断され、以後、毎年の定期健康診断において同じ診断を受けていた。
亡雅代は、医師から特に運動制限の指示は受けていなかったが、同女が右心臓疾患を有することについては、健康診断書(「けんこうてちょう」)などによって関係の教諭に通知されていた。
3 被告の責任
(一) カリキュラム作成にあたっての過失
本件小学校長は、亡雅代を含む六年生について、厳寒の時期にマラソン大会を企画し、そのためのかけ足訓練(週四回)を繰り返し、平成二年二月五日に金剛山厳寒登山を行い、そのわずか二日後の同月七日に二〇五〇メートルのマラソン練習を行うという、近接した日時に極めて大きな体力的負担を伴う行事を次々と行うカリキュラム(以下「本件カリキュラム」という。)を作成した。
カリキュラムの作成は、一般的な児童の成長、能力を基準とせざるを得ないとしても、亡雅代のように心臓疾患を有する児童については、学校長としては、カリキュラム遂行の可能性及びその際の注意点について、専門家たる医師の意見を反映させる措置をとるべき義務がある。
本件小学校長及び同校教諭らは、亡雅代が心室性期外収縮という死に至る可能性のある心臓疾患を有していることを知りながら、その疾患の程度、態様等について特段の考慮を払わず、医師の意見を全く聴くことなく、漫然と本件カリキュラムを作成した過失がある。
(二) カリキュラム実施にあたっての過失
(1) 右のように体力的に多大な負担を伴うカリキュラムを実施しようとする場合、学校長としては、事故を未然に防止するため、近接した日時に健康診断等を実施し、児童の身体的欠陥の発見に努めるとともに、身体的欠陥が存在するか若しくはその疑いがある場合には、カリキュラムの実施について、担任教諭に対し特に注意を払うように指導すべき義務がある。
亡雅代は、心室性期外収縮が認められなかったときも、経過観察の必要性があるとされ、また、三年生時には、運動制限はなかったものの、体調良好時に限って各種行事に参加させることとされていた。
本件小学校長は、本件カリキュラムの実施にあたり、近接した日時に健康診断等を行わず、かつ、亡雅代に心臓疾患があることが以前から判明していたのに、同女の担任教諭に対し適切な指導を怠った過失がある。
(2) 小学校教育における基礎体力養成の過程においては、本来ならば個々の児童の体力或いは疾患の有無、程度等様々な要因に応じてきめこまやかにカリキュラムを作成すべきであるが、現実には多数の児童につき細分化されたカリキュラムを作成することが不可能であるから、担任教諭らとしては、カリキュラムを実施していくうえで、個々の児童の体力等に応じて個々具体的かつ弾力的に適切な配慮をすべき義務がある。
本件カリキュラムの実施は、個々の児童の体力或いは疾患の有無、程度等を全く度外視したものであり、本件小学校六年生の担任教諭らには、右義務があったにもかかわらず、画一的かつ多大な体力的負担を伴う本件カリキュラムを実施した過失がある。
(3) 平木教諭は、亡雅代が、本件事故発生前週四回のかけ足訓練に参加してその都度完走し、身体的疲労が完全に解消されないまま金剛山耐寒登山に参加したことを十分承知していた。本件事故発生当日、同教諭には、心臓疾患のある亡雅代について、個人的にその健康状態を確認し、マラソン練習に参加させる程度を判断する義務があったにもかかわらず、同教諭は、亡雅代の健康状態の確認を怠り、また、体調の悪い児童や疾患のある児童には、休息をとらせたり、ゆっくりと走るようになどと個々の児童の体調等に合わせて具体的に指導する義務があったにもかかわらず、適切な指導を怠った過失がある。
(三) 本件小学校長及び平木教諭らは被告の公務員であり、同校長らがその職務を行うについての右各過失によって亡雅代が死亡するに至ったのであるから、被告は国家賠償法一条一項により、後記損害を賠償する責任がある。
仮に、本件のような教育活動が同条項にいう公権力の行使に該当しないとしても、被告は、同校長らの使用者であるから、民法七一五条一項により、後記損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 亡雅代の損害
(1) 逸失利益
四五九二万一一二九円
亡雅代は、死亡当時一二歳であったところ、本件事故がなければ大学卒業後二二歳から六七歳まで四五年間就労が可能であった。
平成元年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計の旧大・新大卒女子労働者の平均賃金は年額三六一万九〇〇〇円であるから、これを基礎として就労始期、就労可能年数に対応する新ホフマン係数18.127により中間利息を控除し、右年収額の三割を生活費として控除すると、亡雅代の逸失利益は四五九二万一一二九円となる。
3,619,000×(26.072−7.945)×(1−0.3)
=45,921,129
(2) 慰謝料 一八〇〇万円
(二) 原告らの相続
原告らは、亡雅代の父母であり、亡雅代の損害金の二分の一相当の三一九六万〇五六四円をそれぞれ相続により取得した。
(三) 原告らの損害
(1) 葬儀費用 一〇〇万円
原告らは亡雅代の葬儀費用として合計一〇〇万円を支出し、各五〇万円ずつ負担した。
(2) 慰謝料 二〇〇万円
亡雅代は、原告らのただ一人の子であり、小学校入学後は元気に通学し、その性格も明朗で優しく頑張り屋であったことから、原告らはその成長を楽しみにしていた。ところが、本件事故により突然亡雅代を失い、原告らは著しい精神的苦痛を被った。原告らの被った右精神的苦痛を慰謝する金額としては各一〇〇万円が相当である。
(四) 損害の填補
原告らは、平成二年四月一七日、日本体育学校事故保健センターから、学校教育過程での事故に伴う死亡事故に対する災害共済給付金として、一四〇〇万円の支払を受けたから、これを葬儀費用及び原告らの慰謝料の各金額並びに亡雅代の慰謝料の一部(一一〇〇万円)に充当した。
(五) 原告らが取得した損害賠償請求権の額
以上により、原告らが被告に対して有する損害賠償請求権の額は、各二六四六万〇五六四円となる。
5 結論
よって、原告らは、被告に対し、主位的に国家賠償法一条一項に基づき、予備的に民法七一五条一項に基づき、各二六四六万〇五六四円及びこれに対する不法行為の日である平成二年二月七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1の事実のうち、亡雅代の死亡が心室性期外収縮に起因することは争うが、その余の事実は認める。
2 同2の事実のうち、亡雅代が、本件小学校四年生時以降の健康診断において、毎年「心室性期外収縮」と診断されたことは争うが、その余は認める。
亡雅代は、五年生時の健康診断において心室性期外収縮(散発)が認められたものの、四年生時及び六年生時の健康診断においては心室性期外収縮が認められなかった。
健康診断の方法として実施されている学校心臓検診は、一般的には安静時心電図を記録する方法で行われているが、本件小学校では、運動負荷心電図検査をも実施していた。
3 請求原因3について
(一)の事実のうち、本件小学校長がマラソン大会を企画したこと、そのためにかけ足訓練(週四回)を行っていたこと、平成二年二月五日に金剛山耐寒登山を実施したこと及び二日後の本件事故発生当日に二〇五〇メートルのマラソン練習を行ったことは認めるが、その余の主張は争う。
(二)(1)の主張は争う。
(二)(2)の主張のうち、前段の主張は認めるが、後段の主張は争う。
(二)(3)の事実のうち、亡雅代が、本件事故発生前、週四回のかけ足訓練に参加し、その都度完走していたこと、亡雅代が金剛山耐寒登山に参加したこと及び本件事故発生当日平木教諭に原告ら主張のような児童に対する健康確認義務及び具体的指導義務があったことは認めるが、その余は争う。本件事故発生当日、かけ足訓練の実施に先立って、学校関係者が全校児童を対象に体調その他の理由による不参加者の確認をし、在籍児童一二〇名の六年生女子中、三一名の見学者及び九名の欠席者があったが、亡雅代は、そのいずれにも当たらず、元気にかけ足訓練に参加した。
(三)の主張はいずれも争う。
亡雅代について心室性期外収縮が認められた前記の各学年においても、健康診断に当たった医師が「体育実技」、「体育実技以外の教科」、「部活動」、「学校行事その他の活動」のいずれにも亡雅代の参加を「可」とする診断をしていたこと、同女が体育授業で見学することもなく、他の児童より元気であったこと、及び、家庭との連絡事務においても心室性期外収縮に関する訴えや意見がなかったことなどから、本件小学校関係者は、亡雅代のかけ足訓練への参加について、事故発生の危険性を何ら感じていなかった。
また、かけ足訓練は、「寒さに負けない丈夫な体を作る。心肺機能を高め、持久力を養う。」ことを目標として、年間を前期、後期に分けて実施しているものであり、後期についてみると、少なくとも週一回以上、特に平成二年一月からは週四回実施していた。亡雅代は、これらに殆ど全部参加していたが、なんら異常はなく本件事故発生に至った。そして、本件事故発生当日は、第四時限目に全校児童を校庭に集合させ、諸注意を与え、見学希望者を振り分けた後、準備運動をさせ、男子児童が走り終わった後、女子児童が改めて軽い準備運動をして走り始めた。亡雅代は、集団の中で走行し、特に異常を認めるような挙動もなかった。
以上からすれば、本件小学校関係者において、本件事故発生について予見し得る状況にはなく、したがって、本件事故発生を回避し得なかったとしても、過失はなかったというべきである。
4 請求原因4の事実のうち、原告らが災害共済給付金として一四〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は知らない。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因1の事実(本件事故の発生)は、亡雅代の死亡が心室性期外収縮に起因するものであったとの点を除き、当事者間に争いがない。
二請求原因2の事実(亡雅代の疾患)のうち、亡雅代が本件小学校三年生時及び五年生時の各定期健康診断において心室性期外収縮の疾患を有する旨診断されたこと、亡雅代が医師から特に運動制限の指示を受けていなかったこと、亡雅代の心室性期外収縮について、健康診断書(「けんこうてちょう」)などによって、関係の教諭の通知されていたことは、当事者間に争いがない。
1 <書証番号略>及び証人藤井昇の証言を総合すると、亡雅代の心室性期外収縮について、次の各事実が認められる。
(一) 心臓は、心房からの刺激を受けて心室が規則正しく拡張して血液を得、次いでこれが収縮して血液を送り出すのが本来であるところ、心室性期外収縮とは、心房からの刺激を受ける前に心室自体からの刺激によって心室が収縮する状態をいい、不整脈の一種として捉えられている。
期外収縮には基礎疾患のあるものとないものとがあり、基礎疾患のないものは生命に対する危険度は少ないといわれている。
(二) 亡雅代は、昭和六一年一月一四日(同女が二年生の時)実施の定期健康診断において、心室性期外収縮が発見され、同年六月二四日の大阪府立母子保健総合医療センターにおける精密検査の結果、同女の心室性期外収縮は基礎疾患のない良性のものと診断され、同女についての管理区分はE3の要観察(異常あるとき及び一年に一ないし二回の観察を必要とする。)とされた。なお、その際、右医療センターの医師は、亡雅代に対し、耐寒かけ足、耐寒遠足、登山、体育系クラブ活動等の各種学校行事への参加を、体調良好時に限る旨の条件を付けて許可した。
同年一〇月(同女が三年生の時)実施の定期健康診断においても、心室性期外収縮が認められ、管理区分もE3(体育実技は軽い運動、中等度の運動及び強い運動のいずれも可、部活動は軽度、高度いずれも可)とされた。昭和六二年一〇月一六日(同女が四年生の時)実施の定期健康診断においては、心室性期外収縮は全く認められなかったものの、管理区分、体育実技及び部活動についての指導は従前と同じであった(診断に当たった藤井昇医師は、翌年の再検査で異常がなければ管理不要と考えていた。)。昭和六三年九月二〇日(同女が五年生の時)実施の定期健康診断においては、心室性期外収縮(散発)が認められ、管理区分、体育実技及び部活動についての指導は従前と同じであった。平成元年一〇月一六日(同女が六年生の時)実施の定期健康診断においては、心室性期外収縮は全く認められなかったが、管理区分、体育実技及び部活動についての指導は従前と同じであった。
(三) 右の各定期健康診断にあたった医師作成の心臓疾患検診管理指導表(<書証番号略>)及び右医療センター医師作成の主治医意見書(<書証番号略>)は、いずれも本件小学校に送付されていた。
2 証人平木喜代枝の証言及び原告長本こと姜静子本人尋問の結果によれば、(1)平木教諭は、亡雅代の五年生時及び六年生時の担任教諭であったところ、亡雅代の心室性期外収縮について、心臓疾患検診管理指導表を見たうえ、保健担当教諭の説明を受け、管理区分はE3であり、運動や各種行事に他の児童と同じように参加させてよいが、本人から体調不良等の訴えがあったときは慎重に対処しなければならない旨認識していたこと、(2)原告ら(亡雅代の父母)から平木教諭に対して、亡雅代の心室性期外収縮に関する特別の要請はなかったこと、(3)平木教諭と原告長本こと姜静子との間のやりとりの中で、同原告が「医者の話では、他の子供と同じように運動、学校行事に参加させてよいとのことであった。運動することで不整脈がなくなると医者から言われた。」旨平木教諭に話していたことが認められる。
3 <書証番号略>、前掲証人平木の証言及び原告長本こと姜静子本人尋問の結果によれば、亡雅代は、体力診断テストにおいて、五年生時では、女子の大阪府平均記録(昭和五六年度)を超えたのは七項目中二項目だけであったが、六年生時においては、それが五項目となり、体力的には平均的児童を上回っていたこと、同女は、体育授業、各種行事をほとんど休むことなく、五年生時のかけ足訓練、マラソン大会等の各種学校行事に参加していたが、本件事故に至るまで何ら異常はなかったことが認められる。
三被告の責任について
1 カリキュラム作成にあたっての過失(請求原因3(一))について
請求原因3(一)の事実のうち、本件小学校長がマラソン大会を企画したこと、マラソン大会のためのかけ足訓練を平成二年一月から週四回行っていたこと、平成二年二月五日に金剛山耐寒登山を実施したこと及びその二日後の本件事故発生当日二〇五〇メートルのマラソン練習を行ったことは、当事者間に争いがない。
前掲証人平木の証言によれば、本件カリキュラムは、本件小学校に設置された保健体育委員会において作成され、職員会議において承認されたこと、本件カリキュラムを作成するにあたり、医師は参加していなかったことが認められる。
亡雅代の心室性期外収縮に対する管理としては、管理区分E3であり、強い運動の体育実技及び高度の部活動も可とされ、医師から特に運動制限を受けていなかったこと、同女の心室性期外収縮は基礎疾患のない良性のものであり、生命に対する危険度が少なかったこと、同女が各種学校行事に異常なく参加していたこと、心臓疾患検診管理指導表及び主治医意見書は本件小学校に送付されており、平木教諭ら学校関係者がその内容を承知していたことは、前記認定のとおりである。
そうすると、本件カリキュラム作成にあたり医師が直接参加していなかったとしても、亡雅代の心室性期外収縮の管理に関し医師から学校側に対する意見を表明した心臓疾患検診管理指導表及び主治医意見書が本件小学校に送付され、学校関係者は、その内容を承知し、かつ、亡雅代が前記のとおり各種学校行事に参加しながら何ら異常がなかったことを把握していたのであるから、本件小学校長及び同校教諭らが、亡雅代の心室性期外収縮の程度、態様等に特段の考慮を払わず、医師の意見を全く聴くことなく漫然と本件カリキュラムを作成したということはできない。したがって、原告ら主張の過失を認めることはできない。
2 カリキュラム実施にあたっての過失(請求原因3(二)(1))について
(一) <書証番号略>及び前掲証人平木の証言によれば、(1)本件小学校では、六年生になると、秋には運動会の練習が毎日のように行われ、また、堺市内の小学校連合の運動会に向けての早朝練習も毎日行われていたこと、(2)平成二年一月六日からは、体力作りを目的として、早朝かけ足訓練が週四回行われていたこと、(3)同年二月五日に行われた金剛山耐寒登山は、通常であれば一時間以内で登山できるコースについて、登山に二時間三〇分、下山に一時間三〇分かける旨の計画を立て、参加した児童の数が多いこともあって、ゆっくりと登山させ、遅れた児童が出た場合はその児童の速度に合わせて登山させたこと、(4)マラソン練習は、競争を目的としたものではなくて完走を目的とし、各児童が自己のペースで走るよう指導しており、児童が競争したり無理やり走ることはなかったことが認められる。
右認定事実からすれば、六年生は、日頃から体力作りに勤しみ、かなり体力が付いてきていたものとみるべく、そのような六年生にとって金剛山耐寒登山及びマラソン練習が特に多大な体力的負担を課するものであったとまでは認めることができない。
(二) 本件小学校においては、毎年一回定期健康診断を実施していたことが認められ、六年生については平成元年一〇月一六日に右健康診断を実施していた。また、前記のとおり、亡雅代については、右健康診断において心室性期外収縮は認められず、従前から特に運動制限の指示はなかったし、平木教諭は、亡雅代の心室性期外収縮について、心臓疾患検診管理指導表を見たうえ、保健担当教諭の説明を受けて、その状態を把握していた。
(三) 本件小学校長において、学校行事を実施するにあたり、事故を未然に防止するための安全配慮義務があることは当然である。しかしながら、本件カリキュラムの実施が六年生にとって体力的に特に多大な負担を課するものであったとまでは認められないうえ、本件小学校では毎年一〇月ころ定期健康診断を実施し、異常のある児童例えば亡雅代のように心室性期外収縮が認められた児童については、担任教諭にその内容を知らせ、心臓疾患検診管理指導表等によって平素から管理していたのであるから、それ以上に、原告ら主張のように、本件カリキュラムの実施にあたり、近接した日時に、特にそのための健康診断を実施し、担任教諭に対して特別の指導を与えるまでの義務を本件小学校長に認めることはできない。
したがって、本件小学校長に原告ら主張の過失を認めることはできない。
3 カリキュラム実施にあたっての過失(請求原因3(二)(2))について
小学生の担任教諭らに個々の児童の体力等に応じた個々具体的かつ弾力的なカリキュラムの実施をすべき義務があることは、当事者間に争いがない。
前記認定のとおり、本件小学校の六年生の担任教諭らは、金剛山耐寒登山において、児童らをゆっくり登山させ、遅れた児童の速度に合わせて登山させるなどの配慮をなし、マラソン練習においても、完走が目的であって個々の児童が自己のペースで走るように指導していた。また、前掲証人平木の証言によれば、担任教諭は、個々の児童からの申し出或いは連絡帳による父母からの通知によって、個々の児童の体調を把握して、体調不良の児童には必ず参加をやめさせる措置をとっていたことが認められる。
右各事実によると、本件小学校の六年生の担任教諭らは、個々の児童の体力等に配慮して本件カリキュラムを実施していたと認めることができるから、前記の注意義務を尽くしていたというべきであり、したがって、原告ら主張の過失があったと認めることはできない。
4 カリキュラム実施にあたっての過失(請求原因3(二)(3))について
本件事故発生当日、平木教諭に個々の児童に対する健康確認義務及び具体的指導義務があったことは、当事者間に争いがない。
前掲証人平木の証言及び原告長本こと姜静子本人尋問の結果によれば、(1)亡雅代について、金剛山耐寒登山に参加した際及びその後において、特に異常はなく、本件事故発生当日のマラソン練習参加に際しても、特に体の不調を訴えることがなかったこと、(2)右マラソン練習開始前、六年生の担任教諭らが個々の児童の体調を確認し、その結果、六年生女子一二〇名中三一名が見学し、九名が参加を取り止めたこと、(3)平木教諭は、常日頃から、児童に対して体調が悪いときは早めに申し出るように指導していたことが認められる。
右認定事実からすれば、平木教諭は前記の各注意義務を尽くしていたというべきであるから、同教諭に原告ら主張の過失があったと認めることはできない。
四結論
よって、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官妹尾圭策 裁判官新井慶有 裁判官園原敏彦)